歌川(落合)芳幾

歌川(落合)芳幾

天保4年(1833)生、明治37年(1904)没
歌川国芳の門人。明治初期には、弟弟子の月岡芳年と人気を二分する人気絵師であった。
芳幾は、絵の技量も高く評価され、美人画、役者絵、源氏絵、横浜絵、戯画と、作域も幅広かった。武者絵にも見るべきものがある。
芳年と異なり、開化的なものにも興味関心があり、横浜絵に表した。
芳幾は、事業でも才覚を発揮し、明治5年、「東京日日新聞」の創刊に参画し、しばしば新聞に挿絵も描いた。
海外の絵画表現を取り入れるなど新進的であった師匠、歌川国芳の作風を受け継ぎ、奇抜でユーモア溢れる作品を多数輩出している。